配属から一週間がたった。
テスト手当は、順調にたまっている。一回三千円。毎日一回。手帳の後ろのページに正の字を書いて数えていて、一つ目の正の字は、もう書き終えた。
そのかわり、脇腹がずっと筋肉痛だ。
笑いすぎると腹筋が痛くなる、というのは知っていた。でも、一週間ずっと痛いというのは知らなかった。朝、ベッドから起き上がるときに「ふんっ」と声が出る。二十三歳で、だ。
「日向くん、おはよう」
ちゃぶ台で、大倉部長がいつものようにお茶を淹れていた。
「おはようございます」
私は自分の机に座って、昨日の試験報告書の清書を始めた。透子さんのメモを、きれいな字で書き写す仕事だ。透子さんの字は読みやすいけれど、専門用語が多すぎる。辞書を引きながらでないと書き写せない。
「ああ、そうそう」
部長が、湯のみを置きながら言った。
「品質保証部から、そのうち見学に来るって連絡があったよ」
「見学、ですか」
「うん。うちの試作品が安全かどうか、確かめに来るんだって。まあ、そのうちね」
部長はいつもどおり、のんびりしている。でも、閉鎖の話を聞いたあとだと、「確かめに来る」がなんだか不穏に聞こえた。
そのとき、奥の棚の陰から透子さんが出てきた。細長い白い箱を、両手で大事そうに抱えている。
「日向さん。今日の試作品です」
透子さん、と呼ぶようになったのは三日目からだ。「千石さん」と呼んだら、「透子でいいです。『せんごく』より『とうこ』のほうが一音短いので。一日に何十回も呼ばれるなら、そのほうが効率的です」と言われた。合理的すぎて、距離が縮まったのかどうかよくわからない。
箱を開けると、白い手袋が入っていた。
ふわふわだった。
手の甲の部分は、やわらかいニットでできている。そして五本の指先に、真っ白な羽毛のブラシがびっしり生えていた。一本一本の羽毛は、髪の毛より細い。指先が、小さなたんぽぽの綿毛みたいになっている。
「コチョグローブ。家族や友達どうしで、手軽に笑顔をつくるための道具です」
「かわいい……」
思わず声が出た。先週のワラエールは、銀色のアームが十本生えた、どう見てもあやしい機械だった。それに比べると、これは雑貨屋さんに並んでいてもおかしくない。
それに、何より。
「これ、機械じゃないんですね」
「はい。手袋です」
手袋なら、動かすのは人間だ。人間なら、手加減というものがある。相手が笑いすぎていたら、普通はやめる。機械みたいに、計測範囲外になっても続けたりしない。
今日は、楽勝だ。
「ただし」
透子さんが、手袋の手首のところを指さした。小さな黒い部品が埋めこまれている。
「内部に、運動増幅ユニットが入っています。装着者の指の微細運動を検出して、ブラシの先端で十倍の空間分解能に変換して再現します」
たぶん、「ちょっと指を動かしただけで、めちゃくちゃこちょこちょになります」という意味だ。
「……それ、手袋じゃなくて、機械じゃないですか」
「手袋型の機械です」
楽勝ではなかった。
「今回は、停止ボタンはありません」
透子さんは淡々と続けた。
「止めたいときは、『ストップ』と言ってください。言われたら、すぐに止めます」
それなら簡単だ。ボタンと違って、手首を押さえられても関係ない。口さえ動けば、いつでも止められる。
「言いますよ。すぐ言いますから」
「はい。お願いします」
透子さんは、手袋を右手にはめた。羽毛の指先を、ゆっくりと握ったり開いたりする。それだけで、羽毛がさわさわと波打った。
「では、まず装着感の確認を」
「どうぞ」
私は報告書の清書に戻った。装着感の確認なら、透子さんが自分で手袋の具合を見るだけだろう。
そう思っていた。
うなじに、何かが触れた。
「ひゃっ」
首の後ろ。髪をひとつにまとめて、むき出しになっていたところ。そこを、ふわっとした何かが、下から上へ、すうっとなでた。
「ふっ、ふふっ……!」
綿毛だった。
いや、綿毛よりも細い。何百本もの細い羽毛が、うなじの産毛の一本一本を、根元から逆なでしていく。シリコンの指とは、まるで違う。先週のワラエールが「つつく」なら、これは「くすぐる」そのものだった。
ぞわっ、と背中に鳥肌が立った。
「と、透子さんっ、確認って」
「装着感の確認です。被験者側の」
被験者側。私の装着感。そういうことか。
羽毛が、うなじから耳の後ろへ移動する。耳たぶの付け根の、骨のくぼんだところ。そこを、羽毛の先が、くるくると小さく回る。
「くっ……ふ……」
首をすくめた。肩を持ち上げて、耳と肩で首を挟む。これで、首筋は守れる。
守れなかった。
羽毛は、細すぎた。肩と耳のわずかなすき間に、するりと入りこんでくる。挟んだつもりの首筋を、すき間の中から、さわさわとなでる。挟んでいるせいで逃げ場がなくて、むしろ羽毛が首に押しつけられる。
「くふっ、ふふふっ、んふふっ……!」
「んふっ、ふふっ、くふふふっ……!」
『笑い指数 34』
壁のモニターが、さっそく数字を出した。今日も実況つきだ。
羽毛は、襟元へ下りていく。ブラウスの襟と首の境目、鎖骨の上のくぼみ。透子さんの指が、ほんの少し曲がるのがわかった。その瞬間、羽毛の動きが急に細かくなった。
さわさわ、が、しゃわしゃわしゃわ、になった。
「ふひゃっ、ひゃはっ、あははっ、ちょっ、ちょっとっ!」
『笑い指数 52』
十倍だ。透子さんの指先のちょっとした動きが、十倍細かくなって首筋に降ってくる。透子さんがほんの一ミリ指を曲げるだけで、羽毛は首筋の上を、何百匹もの小さな虫が走り回るみたいに動く。
言わなきゃ。ストップって、言わなきゃ。
「すとっ……ふひゃっ、ふはははっ!」
言えなかった。「と」の次の「っ」で息が詰まって、そのまま笑いに化けた。
「今のは、ストップではありません」
透子さんが、真顔で言った。
そういうルールなのか。はっきり言わないとだめなのか。
羽毛が、もう一度うなじに戻ってくる。下から上へ。生え際まで。
「すっ、ストップ! ストップです!」
二回目で、やっと言えた。
羽毛が、ぴたりと止まった。うなじから、すっと離れていく。
止まった。ちゃんと止まる。
私は机に突っ伏して、首の後ろを両手で押さえた。まだ、羽毛がそこにいる気がする。
「装着感、良好です」
透子さんが、タブレットにメモを取りながら言った。
それは、透子さんにとっての良好だ。
体を起こして、清書していた報告書を見た。最後の一行が、ぐにゃぐにゃの線になっていた。ミミズが三匹、のたうち回ったあとみたいだった。
「透子さん」
私は報告書を書き直しながら、言った。
「透子さんも、一回つけられてみてください」
「私が、ですか」
「はい。人に使う道具なんですから、使われる側の気持ちも知っておくべきです」
もっともらしいことを言った。でも、本音は違う。仕返しがしたかった。一週間、私ばかり笑わされている。一回くらい、透子さんが笑うところを見てみたい。
「わかりました」
透子さんは、あっさり手袋を外して、私に渡した。
拍子抜けするくらい、あっさりだった。
手袋をはめると、ふわふわの羽毛が指先の外側でゆらゆらした。指を少し動かしてみる。羽毛が、ざわっと大きく動いた。なるほど、十倍だ。
「失礼します」
透子さんは、椅子に座ったまま、背筋をぴんと伸ばした。白衣の上からでは効きにくいだろうと思って、まず首筋を狙った。透子さんの、結んだ髪の下のうなじ。さっき私がやられた場所だ。
羽毛で、すうっとなでた。
透子さんは、まばたきをひとつした。
それだけだった。
「……あれ」
もう一度。今度は耳の後ろ。くるくると回す。指をぎゅっと曲げて、羽毛をしゃわしゃわさせる。私があれだけ笑い転げた動きだ。
透子さんは、モニターを見ていた。
「笑い指数、2です」
二。
「白衣の上から、脇腹もどうぞ」
言われるまま、脇腹も攻めた。両手で。全力で。指を思いきり動かして、羽毛を暴れさせた。
透子さんは、微動だにしなかった。
「笑い指数、2のままです。やはり私は、感じにくい体質のようです」
完敗だった。
ちゃぶ台のほうで、大倉部長がずずっとお茶をすすった。
「透子くんには、昔から何をやっても効かないんだよ。新人歓迎会でみんなでくすぐったときも、眉ひとつ動かさなかった」
みんなでくすぐったのか。この会社の新人歓迎会、大丈夫なのか。
透子さんは、私から手袋を受け取ると、何事もなかったように右手にはめ直した。それから、左手の分も箱から出して、はめた。
両手。
「では、本命の部位に行きます」
「本命」
「腋の下です。腕を上げた姿勢で計測したいので」
透子さんは、部屋の隅を指さした。そこには、ぶら下がり健康器があった。鉄のバーが、背伸びしてちょうど手が届く高さについている。大倉部長の私物だ。腰痛にいいらしい。
「それと、着替えをお願いします」
透子さんが棚から出してきたのは、紺色の、袖のないウェアだった。ランニングをする人が着ているような、タンクトップ型のもの。胸元に、小さなセンサーがついている。
「計測用のウェアです。心拍センサーがついています。布ごしだと、羽毛の効果が正しく測れないので」
私は、ウェアの袖ぐりを見た。
袖が、ない。
「これ、腋の下、丸出しじゃないですか」
「はい。腋の下を計測するので」
それは、そうなんだけど。
「なお、素肌での計測には、手当に加算がつきます。一回、五千円です」
五千円。
頭の中で、手帳の正の字が、一気に二本増えた。
「着替えてきます」
私は更衣室へ走った。
着替えて戻ると、部長はいなかった。ちゃぶ台に、メモが一枚置いてある。「給湯室でお茶を淹れてくるね」。気をきかせてくれたらしい。
ぶら下がり健康器の前に立った。
「バーを両手で握って、腕を上げた姿勢を保ってください。足は床についたままで大丈夫です」
背伸びして、バーを握った。冷たい鉄の感触。両腕が、まっすぐ上に伸びる。
「一つだけ。計測中にバーを離すと、腕の角度が変わってデータが使えなくなるので、最初からやり直しになります」
「やり直し……」
「はい。手当は、計測が完了した回にだけつきます」
つまり、離したら五千円が消える。そのうえ、もう一回やることになる。
離さない。絶対に離さない。
それに、「ストップ」がある。言えばいい。今度は最初から、言うつもりで構えておけばいい。
「準備はいいですか」
「いつでもどうぞ」
透子さんが、両手のグローブを、ゆっくりと持ち上げた。
腕を上げていると、腋の下は、完全にむき出しだった。
首筋のときは、肩をすくめれば、少しは守れた。でも今は、腕を下ろさない限り、何ひとつ守るものがない。くぼみが、まるごと、透子さんのほうを向いている。
心細い。
自分の体なのに、一番弱いところを、看板みたいに掲げて立っている気分だった。
右の腋の下に、羽毛が触れた。
「っ……!」
息が止まった。
首筋と同じ羽毛だった。同じ羽毛のはずなのに、まるで違った。腋の下の皮膚は、首よりもずっと薄くて、ずっとやわらかい。羽毛の一本一本が、皮膚の上に置かれた瞬間から、もうくすぐったい。まだ動いてもいないのに。
羽毛が、くぼみの縁を、ゆっくり一周した。
「ん、んんっ……!」
腕が、勝手に下りようとする。脇を締めて、羽毛を挟みつぶしたくなる。バーを握る手に、ぎゅっと力を入れて、こらえた。
『笑い指数 29』
羽毛が、くぼみの真ん中に下りてくる。そこで、止まる。
透子さんの指が、ほんの少し、曲がった。
しゃわしゃわしゃわしゃわっ。
「ひゃあっ!? あっ、ふひゃっ、ひゃははははっ!」
一気に崩れた。
十倍の細かさで動く羽毛が、くぼみの一番深いところで、いっせいに震えた。何百本もの細い毛先が、皮膚の上を好き勝手に這い回る。どの一本がどこにいるのか、まったくわからない。全部が、同時に、くすぐったい。
「ひゃはっ、あははっ、ひゃっ、ひゃははははははっ!」
『笑い指数 58』
「すっ、すとっ、ストっ、ふはっ、あははははっ!」
「今のはストップではありません」
透子さんの声は、どこまでも平らだった。
「ちがっ、ちがうっ、今のは、す、すとっ、の、つもりっ、ひゃははははっ!」
「つもりでは、止められません。誤作動の原因になるので」
正しい。正しいけど、今だけは正しくなくていい。
左の腋の下にも、羽毛が来た。
両方。
「あっはははははっ! りょ、りょうほうっ、両方はっ、ひゃーっははははははっ!」
『笑い指数 71』
右は、くぼみの中をくるくる。左は、くぼみの縁から二の腕の内側へ、すうっとなでて、また戻ってくる。左右でまったく違う動きをされて、頭がどっちに集中すればいいのかわからなくなる。
「あはははははっ、ひゃははっ、あっははははははははっ!」
体をよじった。足踏みをした。バーにぶら下がるみたいに膝を曲げて、逃げようとした。でも、腕は上がったままだから、腋の下はどこにも逃げない。羽毛は、くぼみにぴったりついてくる。
「ひゃははっ、あははははっ、くひゃっ、ひゃはははははははっ!」
離したい。腕を下ろしたい。下ろせば、一瞬で終わる。
でも、離したら、五千円が消える。もう一回、最初からだ。
「くひゃひゃっ、ひゃははははっ、あはっ、あははははははっ!」
それに、透子さんの前で、自分から腕を下ろすのは、負けた気がする。
離さない。
「透子さんっ、ゆびっ、ゆび動かしすぎっ、あっはっはっはっはっはっ!」
「軽く動かしているだけです」
透子さんは、本当にそう思っている顔をしていた。
たしかに、透子さんの指は、ほとんど動いていなかった。爪の先を、少しだけ曲げたり伸ばしたりしているだけ。でもそれが十倍になって、私の腋の下で大暴れしている。透子さんには、自分の「軽く」が、こっちでどうなっているのか、まったくわからないのだ。くすぐったさを感じない人だから。
「ひゃーっはっはっはっはっ、あっはっはっはっはっはっはっ!」
羽毛が、くぼみの奥から、二の腕のほうへ、ゆっくり這い上がる。腕の付け根の、皮膚がやわらかく折りたたまれているところ。そこをなぞられると、ぞわぞわが、腕の内側を手首まで駆けのぼっていく。
「ひーっ! ひっ、ひゃひっ、そこっ、ひゃっはっはっはっはっはっはっ!」
『笑い指数 84』
言わなきゃ。
息を吸った。腹筋に力を入れた。一文字ずつ、はっきり言えばいい。
「す……」
羽毛が、くぼみの真ん中で、くるっと回った。
「すっ、ふふっ、と、とっ、ぷふーっ! あははははははははっ!」
最後の「ぷ」が、噴き出す音にしかならなかった。
「今のは、ストップではありません。破裂音です」
分析しないで。
「あーっはっはっはっはっはっ! ちがうっ、すとっ、すとぉっ、ひゃーっはっはっはっはっはっはっ!」
『笑い指数 91』
目から涙がこぼれた。腕を上げているから、拭えない。頬をつたって、あごから落ちる。
「あはははははははっ、ひゃはははははっ、あーっはっはっはっはっはっ!」
羽毛の動きが、また変わった。透子さんが、両手の指を、同時に、ぎゅっと握りこんだのだ。
左右の腋の下で、何百本もの毛先が、いっせいにくぼみの中心へ集まってくる。集まって、そこで、ふるふると震える。
くすぐったいの、中心だった。
「ひゃっ、ひゃひゃっ、はひっ、ひゃははははははははっ!」
「ひゃあぁぁっはははははははははっ!! だめっ、だめだめだめっ、あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
『笑い指数 99』
『計測範囲外』
赤い文字が、点滅し始めた。
「範囲外ですね」
透子さんが、身を乗り出した。止める気配は、やっぱり一ミリもなかった。
「あっはははははははっ、ひゃーっははははははははっ、あははははははっ!」
「範囲外までの到達時間、最短記録です。布がないと、ここまで早いんですね」
記録を更新しないでほしい。
「きゃははははははっ、ひゃははっ、あはっ、あーっはははははははははははっ!」
もう、ストップと言おうとすることすら、できなかった。口を開けば、笑い声しか出てこない。吸った息は、全部、笑いになって出ていく。
「ひゃあぁっはははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
「ひゃひっ、ひっ、ひぃーっひっひっひっ、はひっ、はひゃははははっ……!」
笑い声が、どんどん大きくなっていく。地下の部屋じゅうに響いて、給湯室の部長にまで聞こえているんじゃないかと思った。
指先の力が、抜けていくのがわかった。
バーを握る手が、汗ですべる。右手の指が一本、また一本と、鉄のバーから離れていく。
「ひゃははははっ、はなれっ、はなれちゃうっ、あはははははははははっ!」
だめ。離したら、やり直し。五千円が。
「はっ、はひっ、あははっ、ひゃはははっ……!」
左手の指も、ほどけた。
両手が、バーから離れた。
私は、ずるずると、ぶら下がり健康器の柱にもたれるように滑り落ちて、床にぺたんと座りこんだ。
腕が下りた瞬間、腋の下の羽毛が、すっと離れた。
「腕が下りたので、計測終了です」
透子さんは、あっさりグローブを外した。
床に座ったまま、私はしばらく動けなかった。
両腕で、自分の体を抱きしめるみたいに脇を締めた。もう何も触っていないのに、腋の下が、まだ笑っている。思い出したように、ぴくっ、ぴくっと肩が跳ねる。
「お疲れさまでした」
透子さんが、手を差し出した。
私はその手をつかんで、よろよろと立ち上がった。
透子さんは、私が立ったのを確かめても、すぐには手を離さなかった。いつもの真顔のまま、少しだけ間をおいて、口を開いた。
「……そんなに笑うのって、どんな感じですか」
からかっている声では、なかった。
タブレットの画面を見るときと同じ、まっすぐな目だった。本当に、知りたそうだった。
何か答えなきゃ、と思った。でも、頭がまだ笑いの余韻でふわふわしていて、言葉がうまく出てこない。
「……お腹が、痛いです」
それしか、言えなかった。
透子さんは、小さくうなずいた。そして、タブレットに、何かを真剣に書きこんだ。
給湯室から戻ってきた部長が、「お、終わったかい」と、私の前に湯のみを置いてくれた。
結局、バーを離したので、計測はやり直しになった。手当も、その回の分は出なかった。
翌日の朝、やり直しの回が終わったあと、試験報告書が回ってきた。
所見の欄には、透子さんのきれいな字で、こう書いてあった。
『装着者側に、手加減機能が必要。装着者に、手加減という概念がないため。』
自分のことだと、わかって書いているのだろうか。
たぶん、わかっていない。