ラベンデル冒険譚

第2章くすぐりツタの温室

7,242字約12分で読めます2026年10月27日
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金貨十枚は、十日でなくなった。

家賃を払って、シチューを大盛りで食べて、残りで私が一冊の本を買った。それだけだ。それだけのはずなのに、財布の中には銅貨が四枚しか残っていない。

「リリアちゃん。その本、いくらでしたっけ」

ひつじ亭の部屋で、ミレイが私の枕元の本を指さした。表紙には金の文字で『笑っても崩れない詠唱のコツ』と書いてある。

「……金貨二枚」

「中身は読みました?」

「一ページ目に『まず、笑わないこと』って書いてあった」

ミレイは何も言わずに微笑んだ。何も言わないのが、いちばん効く。


「温室を、燃やさないこと」

ギルドの出張所で、ハンナさんは依頼書のその一行を、太い指でとんとんと叩いた。

「町外れに薬草師の温室があるだろ。中でツタが暴れて、収穫ができないんだと。報酬は金貨六枚と、薬草茶ひと箱」

「ツタ?」私は拍子抜けした。「植物でしょ? 動かないんだから、根っこから引っこ抜けば終わりじゃない」

「動くんだよ、それが」

「動いても植物よ。炎の魔法で一発——」

「だから、燃やすなって書いてあるんだよ」

ハンナさんがもう一度、依頼書を叩いた。私の得意技が、最初の一行で封じられていた。

ミレイが手を合わせる。

「大丈夫です、ハンナさん。リリアちゃん、氷の魔法も使えますから」

「使えるけど。なんでミレイが答えるの」

「頼もしいなあ」ハンナさんはにやりと笑った。「じゃ、よろしく」

その笑い方を、私は先月も見た気がする。


温室は、ラベンダー畑の端にあった。

ガラス張りの細長い建物で、近づくだけで、むっとするような土と緑の匂いがする。戸口で出迎えてくれたのは、麦わら帽子をかぶった女の人だった。

「ギルドの方ですね。薬草師のエルダです。来てくださって、ほんとうに助かります」

三十代くらいだろうか。のんびりした話し方で、エプロンのポケットから、なぜか小さなじょうろの先がのぞいている。

「暴れてるツタって、どれ?」

「あの子です」

エルダさんが指さした先を見て、私は口を閉じるのを忘れた。

温室の奥半分が、緑で埋まっていた。太いツタが何十本も絡みあって、ガラスの天井まで這いのぼっている。手のひらくらいの葉が重なりあって、その一枚一枚の裏側には、白い産毛のようなものがびっしり生えていた。

「……あの子?」

「去年の秋、森で拾った種なんです。泉の近くで。植えてみたら、こんなに元気になってしまって」

泉。

先月、幽霊のおばあちゃんからも聞いた単語だった。この町、何かあるとすぐ泉が出てくる。

「元気すぎて、薬草の棚まで覆ってしまって。毎朝、収穫しようとすると、その……」

エルダさんは少し言いにくそうに、もじもじと帽子のつばを触った。

「くすぐってくるんです」

「でしょうね」と私は言った。もう驚かない。ここはラベンデルだ。

「でも、乱暴はしないでくださいね。悪い子じゃないんです。ちょっと、かまってほしいだけで」

「任せて。燃やさないで、引っこ抜くだけだから」

「リリアちゃん、植物にお詳しいんですか?」とミレイ。

「当然よ。魔法学校では薬草学の実習もあったんだから。いい? 植物ってのはね、根っこが命なの。根っこさえ押さえれば、上がどれだけ暴れても関係ない。言ってみれば、植物界の急所ってやつね」

「まあ、すごい」エルダさんが小さく拍手した。「専門家みたいです」

「でしょ?」

褒められると、つい口が軽くなる。自分でもわかっている。わかっているけど止まらない。

「だいたい、葉っぱにくすぐられるなんて、本人の気の持ちようよ。私なんか、草むらで昼寝しても平気なんだから」

「リリアちゃん、先月は幽霊の指でソファから転がり落ちて——」

「あれは指だったから。今回は葉っぱ。全然違うの」

ミレイは「そうですね」と言って、エルダさんの隣の、いちばん戸口に近い場所に立った。逃げ道を確保するみたいな立ち位置だった。……いや、まさかね。

私は袖をまくって、温室の奥へずんずん進んだ。いちばん太いツタの根元は、棚の下の暗がりに潜っている。かがんで、両手でつかむ。思ったより、あたたかい。

「見てなさい。こういうのはね、腰を入れて、一気に——」


腰に、何かが巻きついた。

ローブの上から、くるん、と一周。細いツタが、ベルトみたいに私の腰に回っていた。

「……ん?」

次の瞬間、葉っぱが脇腹を撫でた。

さわさわ、と。

指とは違った。先月の幽霊の指先は、一点をつついたり、なぞったりしてきた。今度のは、もっと広い。手のひらくらいの葉っぱが、何枚も重なって、脇腹の上を行ったり来たりする。しかも、裏の産毛が、ローブの布地ごしに細かく引っかかる。毛羽立った筆で、肌をまとめて掃かれているみたいだった。

「ひゃっ!」

腰が跳ねた。ツタから手が離れる。

さわさわ、さわさわ。葉っぱは脇腹のあたりに居座って、のんびりと、揺れるように撫で続ける。急かすでもなく、休むでもなく、ずっと同じ調子で。

「くふっ……ちょっと、くすぐった……っ」

これ、地味に効く。一枚ずつならなんでもないはずなのに、全部まとめて来られると、どこに力を入れればいいのかわからない。

気の持ちよう。気の持ちようよ、私。さっき自分でそう言ったじゃない。

葉っぱの一枚が、ローブのひだの隙間にもぐりこんで、肋骨のいちばん下をこしょっとかすめた。

「んひっ」

気の持ちようで、どうにかなる感触じゃなかった。

「ちょ、ちょっと、今のなし! 今のは、ちが、っ……」

言い訳している間に、棚の陰から、二本目のツタがするすると出てきた。それが、反対側の脇腹に回る。

右から、さわさわ。左から、さわさわ。

両側から同時に撫でられると、体がどっちに逃げればいいのかわからなくなる。右によじれば左の葉っぱがついてきて、左によじれば右の葉っぱが待っている。私は腰を振るみたいに、その場でくねくねと身をよじった。たぶん、すごく変な踊りに見えていたと思う。

「ふっ、ふふっ、くふふっ……や、やめ、やめなさいって……っ」

葉っぱは、やめなかった。それどころか、私が声を出すたびに、葉が一枚、また一枚と増えていく。にぎやかなのが好き、とは聞いていない。まだ、このときは。

三本目。四本目。腰に巻きついた輪っかの上から、細いツタが脇腹をくるくると這いまわる。葉っぱの縁が、肋骨と肋骨の間のくぼみに、ちょうどはまりこんだ。

そこを、産毛でこしょこしょと、小刻みにくすぐられた。

「ぶふっ」

こらえていた空気が、鼻から抜けた。

「——きゃっはははっ! ちょっ、なにこれっ、なにこれぇっ! はっ、葉っぱの、くせにぃっ、きゃはははっ!」

一度出たら、止まらなかった。お腹を抱えて、前かがみになる。その前かがみで、脇腹がさらに葉っぱのほうへ差し出される格好になって、葉っぱたちが喜んだみたいにわさわさと揺れた。

「リリアちゃん、気の持ちようですよ」

戸口のほうから、ミレイののんびりした声がした。

「うるさいっ、あはっ、あははっ、おぼえてなさいよぉっ!」

だめだ。このままだと、笑い死ぬ前に、ミレイの前で恥ずかしすぎて死ぬ。

私は笑いながら、腰のツタの下に指を差しこんだ。巻きつき方は、まだゆるい。息を止めて、思いきり身をよじる。輪っかの中から、すっぽ抜けた。そのまま床を転がって、通路を四つん這いで駆け戻り、温室のガラス戸から外の日なたへ飛び出した。

芝生の上で振り返ると、ツタは戸口の手前で、名残惜しそうに葉をそよがせていた。外までは、追ってこないらしい。

息を整えていると、ミレイがゆっくりと戸口から出てきた。

「リリアちゃん。葉っぱに、とても好かれていましたね」

「好かれたくないの!」

「引っこ抜くの、一気にでしたっけ」

「……まだ途中だっただけよ」


エルダさんが淹れてくれた薬草茶を飲みながら、私たちは温室の外で作戦会議をした。

「あの子は、あったかいものと、にぎやかな声が好きなんです」とエルダさんは言った。「誰かが騒ぐと、そっちに集まっていくんですよ」

「それは身をもって知ったわ」

「根元に眠り草の粉をまけば、ひと晩はおとなしく眠ってくれます。でも、根元は温室のいちばん奥で、そこまで行こうとすると……」

「くすぐられる、と」

ミレイがカップを置いた。

「では、こうしましょう。リリアちゃんが温室の真ん中で、にぎやかにして、ツタの気を引きます。その間に、私が根元へ回って、粉をまきます」

「にぎやかにって、つまり」

「頼れる前衛です」

「先月も聞いた、それ」

ミレイはにこにこしながら、エルダさんから粉の小袋を受け取った。私の意見は、どうやら最初から聞かれていなかった。

……いいわよ。わかった。おとりはやる。

でも、黙ってくすぐられるつもりはない。燃やせないなら、凍らせればいい。ツタが私に集まってきたところを、まとめて氷漬けにしてやる。ミレイが根元に着くころには、もう全部終わっている。そういう計画だ。

「リリアちゃん、何か企んでいる顔ですね」

「企んでるのはいつもそっちでしょ」


温室の真ん中に立って、私は杖を構えた。

奥の緑が、ざわ、と動く。ミレイが棚の陰を回りこんでいくのが、視界の端に見えた。

いい。ツタはこっちを向いている。今だ。

「凍てつく、白き息吹よ——」

足もとから、腰へ。ツタが何本もいっぺんに巻きついてきた。

さっきみたいなゆるい輪っかじゃない。腰と脇腹を、ぐるぐると二重、三重に。それから別のツタが手首に絡まって、私の両腕を、杖ごと上へ持ち上げた。

「ちょっ、待って、詠唱中!」

万歳の格好で、宙に吊り上げられる。つま先が、床にぎりぎり届くくらい。

脇腹に巻いたツタが、ゆっくりと締まった。それから、ふっとゆるんだ。また締まる。またゆるむ。そのたびに葉っぱが脇腹の上でこすれて、さっき撫でられたところが、思い出したようにうずきだす。

「んっ……く……っ」

だめ。詠唱を続けないと。

「凍てつく、白き息吹よ、我が……」

そのとき、脇腹のツタの中から、一本だけ、細い先端がほどけた。

くるりと巻いた、ツタの先っぽ。それが、私の肋骨の上にとまった。

いちばん下の肋骨。そこから、ひとつ上へ。

のぼってくる。

肋骨の段差を、一段ずつ確かめるみたいに、ゆっくり、ゆっくり。先端が通ったあとを、産毛の葉が追いかけて、さわさわと撫でていく。一段のぼるごとに、先端はそこで少しだけ立ち止まって、くるっと小さな輪を描いた。それから、また次の段へ。

どこへ向かっているのか、わかってしまった。

上げられた腕の、付け根。今、いちばん無防備なところ。

「やっ……来ないで、来ないで……っ」

腕を下ろそうとしても、手首のツタがびくともしない。脇を締められない。体をひねると、腰のツタがぎゅっと締まって、脇腹がまたくすぐられる。逃げ場がない。

あと三段。

先端は、わざとみたいに、そこで止まった。

一秒。二秒。三秒。

来ない。来ないなら来ないで、そこにいるのがわかるぶん、脇の下がむずむずして落ち着かない。まだ触られてもいないのに、くすぐったい気がしてくる。

あと二段。あと一段。

ツタの先端が、脇の下のくぼみに、すとんと落ちた。

「——っ!」

息が止まった。

先端は、くぼみのいちばん深いところで、小さく円を描きはじめた。くるくる、くるくる。くるりと巻いた先っぽが、まわるたびに肌をかすめて、そのたびに脇の下から腕の付け根まで、ぴりぴりと痺れるようなくすぐったさが走る。

「ひぅっ……! ふっ、ふふふふっ……ふぅぅっ……」

震える声が、勝手に長く伸びていく。

まだ。まだ笑ってない。これはぎりぎり、笑ってない。

「白き、息吹よっ、我が敵を……こ、凍て——」

先端と一緒に這い上がってきた葉っぱが、脇の下を、まとめてわしゃわしゃとかき回した。

「——こおれへへへっ!?」

杖の先から、白い息がふわっと出た。温室のガラスに、うっすらと霜が降りた。それだけだった。

そして、ツタたちが一斉に、ぶるっと震えた。

「寒い、のは、あんたたちの、せいでしょっ」

文句を言い終わる前に、温室じゅうのツタが、私のほうへ寄ってきた。寒くなったから、あたたかいものに集まってくる。今この温室で、いちばんあたたかいのは、笑いをこらえて真っ赤になっている私だった。

右の脇の下に、二本目の先端。左にも、一本。

「ぷふっ」

唇の端から空気が漏れた。

それが合図だった。

「——だっはははははははっ! やだやだやだっ、ふたつは、ずるいってばぁぁっ! だめっ、そこだめっ、そこだけはほんとにだめなのぉぉっ!」

笑いが、せきを切ったみたいにあふれ出した。さっきの前哨戦なんて、準備運動だった。吊られた体がツタの中でびくんびくんと跳ねて、つま先が床をばたばた叩く。脇の下では先端がくるくる回り、脇腹では葉っぱがさわさわ撫でて、どっちに気を取られても、もう片方が待ちかまえている。

先端が、くぼみの奥から腕の付け根へ、つうっとなぞり上げる。それからまた、くぼみの底へ、くるくると降りていく。上って、降りて、また上って。そのたびに、肩が耳までびくっと跳ね上がる。

「いひゃっ、いひゃひゃひゃひゃっ! のぼってくるのやめっ、おりてくるのもやめぇぇっ!」

「ミレイっ! まだっ、まだなのっ!?」

温室の奥から、のんびりした声が返ってきた。

「着いてますよ、リリアちゃん」

「着いてるならっ、まいてよぉっ!」

「それなんですけど」ミレイの声は、本当に申し訳なさそうだった。「ツタがリリアちゃんに夢中な間は、根元がとても無防備なんです。ですから、もう少しだけ、夢中になっていてもらおうかと」

「意味が、わかんないっ、あひゃっ、わかんないぃっ!」

「確実に、まくためです」

「確実に笑わされてるの、こっちなんだけどぉぉっ!」

だめだ。あの人を待っていたら、日が暮れる。

私は笑いながら、もう一度杖を握り直した。氷がだめなら、雷だ。痺れさせれば、さすがに止まる。

「天を裂く、いかずちよ……っ、我が、杖に——」

脇の下の先端が、くるん、と逆回りになった。

「——やどれへへへっ!?」

ぱちっ。

杖の先で、小さな音がした。

静電気だった。

次の瞬間、私の髪の毛が一本残らず、ぶわっと逆立った。そして、私に巻きついていたツタの葉っぱも、裏の産毛ごと、一斉に逆立った。

さっきまでさわさわだった葉っぱが、ふわっふわになった。

ふくらんだ産毛が、脇の下にも、脇腹にも、いっぺんにまとわりつく。先端のくるくるに、毛羽立った葉のわしゃわしゃが重なって、くすぐったさが倍になった。いや、倍どころじゃない。羽根ぼうきを何十本も束ねて、脇の下に突っこまれているみたいだった。

「ひゃーっはっはっはっはっ!? なんでっ、なんで増えるのぉっ! あっひゃひゃひゃひゃひゃっ、むりっ、むりむりむりむりぃっ!」

自分の声とは思えない声が出た。裏返って、ひっくり返って、また裏返る。笑い声がガラスの天井にきんきん反響して、それがまたツタを呼ぶ。にぎやかな声が好き。エルダさんの言葉を思い出したのは、ツタがさらに五本、ざわざわと寄ってきたあとだった。

背中にも、首筋にも、葉っぱがかすめる。でも、いちばんしつこいのは、やっぱり脇の下だった。何本もの先端が、くぼみの中で、順番に、ときには一斉に、くるくると回る。一本が止まると、別の一本が動き出す。休む暇が、一瞬もない。

「ひーっ……ひぃーっ……! は、はふっ……ひゃ、ひゃめ……っ、いひっ、いっひひひひひっ!」

息を吸おうとすると、先端がくぼみをくるりとなぞって、吸いかけた空気がまた笑いになって出ていく。笑って、吸えなくて、笑って。おなかがひくひく痙攣して、目の端から涙がぽろぽろ落ちた。足が勝手に宙をこいで、吊られた体がぶらんぶらんと揺れる。揺れるたびに、葉っぱがこすれて、また笑う。

笑いすぎて、自分の声なのに、遠くの誰かが騒いでいるみたいに聞こえる。

温室の奥で、ミレイがエルダさんに小声で言うのが聞こえた。

「ほら、エルダさん。ツタが、根元の葉っぱまで全部、リリアちゃんのほうを向いています」

「まあ、本当。あんなに楽しそう」

「楽しくなっ、ひゃはっ、楽しくないぃぃぃっ!」

喉から出たのは、ほとんど悲鳴だった。


さらさらと、粉の落ちる音がした。

ツタの動きが、目に見えてゆっくりになった。腰を締めていたツタがゆるみ、手首のツタがほどけ、私の体は、葉っぱの山の上にずるずると降ろされた。

終わった。

私は葉っぱに埋もれたまま、天井のガラスを見上げて、ぜえぜえと息をした。脇の下が、まだ笑っている気がする。

そのとき。

脇の下に残っていた先端が、寝ぼけたみたいに、くるり、ともうひと回りした。

「ひゃうっ!?」

体が勝手に跳ねた。先端はそれきり、満足したように、くたりと垂れた。

……寝返りまで、くすぐったいってどういうこと。

ミレイが葉っぱをかき分けて、私の顔をのぞきこんだ。

「お疲れさまでした、リリアちゃん。完璧な前衛でした」

「……うらむからね」

そのとき、眠ったはずのツタが一本、するすると伸びて、ミレイの脇腹のほうへ近づいた。

ミレイは、すっと一歩下がった。

妙に素早かった。今までに見たミレイの動きの中で、たぶん、いちばん素早かった。それから何事もなかったように、にっこり笑った。

「寝相の悪い子ですね」

「……ミレイ。今の」

「寝相の悪い子ですね」

私は葉っぱの中から、じっとミレイを見上げた。ミレイは、ずっと微笑んでいた。


エルダさんは、金貨六枚と薬草茶ひと箱を、にこにこしながら手渡してくれた。

「あの子、きっと寂しかったんだと思います。こんなに笑ってもらえて、満足したみたい」

それから、小さな素焼きの鉢を差し出した。中では、細いツタの挿し木が、葉っぱを三枚だけ広げている。

「よかったら、お礼に。あの子の子どもです」

「いえ、私たちは——」

「まあ、嬉しいです。大切に育てますね」

私が断るより先に、ミレイが両手で受け取っていた。

その鉢は今、ひつじ亭の私たちの部屋の、窓辺に置いてある。

水をやるのは、ミレイの係だ。

翌朝、目を覚ますと、ツタは夜のあいだに、私のベッドのほうへ一センチ伸びていた。